2008年03月06日

2008.2.18 ベネチア・サンタルチア駅 Venezia S.L.

 卒業旅行の一つということで、高校時代の友達と、自分にしては珍しくパリ・バルセロナ・ローマとメジャーな観光地を回る旅。鉄道写真は半ばあきらめていたのですが、最終日になってチャンスが巡ってきました。

 世界的観光地であるベネチアへは鉄道でもアクセスできるのですが、隣町のメストレから長〜い橋を渡って、ベネチアの入り口であるサンタ・ルチア駅に到着します。ここがなかなか絶景なので、駅近くの一つ星ホテルに泊まったのを利用して撮影してきました。

 ベネチアは車と自転車が乗り入れ禁止で、全ての公共交通は運河を利用します。バスもタクシーもパトカー(パト船?)も、全て船。そのメインルートに近い水路が橋と自分の間にあるので、多くの船が行き交っています。

 サンタ・ルチア駅が行き止まり式のホームということもあって、列車はゆっくり発着するため、余裕を持って撮影することができました。

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朝もやけ
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飛行機と船と列車と車
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目の前に接岸した船には犬が…
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2008年02月19日

2008.2.14 TGV東ヨーロッパ線とタルゴ形客車

 この日は2007年に開業したばかりのTGV東ヨーロッパ線 TGV Est européenneでパリからストラスブールに日帰り旅行してきました。クリスチャン・ラクロワによるデザインのTGVは、見た目は変わりませんが中身はなかなかモダンなデザインになっていて、座り心地もなかなかでした。始発駅のパリ東駅にはドイツ国鉄DBのICE3も乗り入れていました。にしても320km/hは速いですね。騒音がとんでもないことになってそうです。

 ストラスブールの駅舎は2006年8月に訪れた時は工事中でしたが、今回は終了しており、古い駅舎がガラスの殻に包まれる構造に変化していました。とても同じ駅とは思えません。ガラスの内部には地下にあるトラムのホームへのエスカレーターが設置されています。

 翌日はバルセロナを観光することになっていたので、タルゴ型客車を使用したエリプソス「ホアン・ミロ」に乗ってパリ・オーステルリッツ駅を出発しました。ちょっと距離がとれず頭でっかちな写真になってしまいましたが、強力な牽引機BB26000形と背の低いタルゴ客車のギャップがわかると思います。私たちの乗った座席車は機関車の直後だったのでけっこう揺れましたが、シート自体は非常に快適で、よく寝られました。

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パリ・オーステルリッツ駅Gare de Austerlitzにて
8sec f10 DiMAGE A2 ISO64 RAW+JPEG

2007年09月05日

2007.8.28 ベルリン〜ワルシャワ〜モスクワ

ワルシャワへ

 クソ高い上にサービスもたいしたことなく、朝食もまずいインターシティーホテルベルリンをチェックアウトし、そのままベルリン東Berlin Ost駅2番線でEC「Berlin−Warszawa Express」を待つ。時間通り入線し、6:47に発車。車両は一等車がドイツ国鉄DBの車両、そのほかがポーランド国鉄PKTのIC用客車で編成されている。6両編成とECにしては意外と短い。指定された席はおなじみのコンパートメントで、一室あたり6人がけだが、この時点では自分を含め2人だけ。どうもあまり混まない列車らしい。隣の人はポーランド人とおぼしき無口な30代男性。こっちも眠かったので大して話もせずに爆睡してしまった。

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ベルリン東駅に進入する"Berlin-Warszawa Express"

 一時間ほど走ると、国境警備隊2人組がやってきて「Passport!」と要求される。ロシアのビザが張ってあるので、それを見て「ロシア行くんか」と言われただけで、あとはあっさりドイツ出国&ポーランド入国スタンプをもらう。ほどなくして川を渡り、ポーランドに入る。車窓の風景は農村で、ドイツ国内とあまり変わらないが、駅の表示板や留置してある車両の種類が変わり、国境越えを意識させられる。


美人は多いが言葉はわからず

 が、本当に国が変わったのを思い知ったのはワルシャワ到着後。案内板、広告が全部ポーランド語(当たり前だが)。全く読めん。多少でもドイツ語を勉強したのは意味があったなと思うが、そんな悠長なことも言っていられず、空港への行き方を聞きにインフォメーションへ。175番のバスと言われたので乗ったが、どうやら反対方向行きのバスに乗ってしまったらしく、焦りまくる。20分ほどで終点らしきところに到着。運ちゃんはいちおう英語ができるので聞いてみると、7分後に折り返して出るとのこと。チケットだけ買って(よくまじめにチケット買うねって感じだったが)そのまま居座ることにする。ワルシャワ中心部はもの凄い交通渋滞(間違いなく東京より混んでいるだろう)で、バスもルート変更をしまくり、車内に掲示されているルート表示が全く意味をなしていない。それでも郊外に出るとようやく案内通りに走るようになり、30分ほどでフレデリック・ショパン国際空港に到着。昨夜調べたところでは、規模が小さすぎるので第二の空港を建設する計画があるそうだが、行ってみて納得。小さすぎ。狭すぎ。ゲートが足りないので駐機場までバスで連れて行かれる始末だ。空港で食べたビーフストロガノフはうまかったし、美男美女が多くていいなぁと思ったりもしたのだが。

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狭いフレデリック・ショパン空港

ついにロシア入国

 モスクワ行きの飛行機はポーランド航空とアエロフロート・ロシア航空(「空飛ぶ棺桶」の異名をとっているが)のコードシェア便で、密かにアエロフロートを期待していたのだが、ポーランド航空の運行だった。時差の関係で、4時間飛ぶと思っていたものがわずか2時間でモスクワ・シェレメチェボ2空港に到着。入国審査も意外とあっさり終わり、ノートパソコンも税関申告しようかと思っていたが、ゲートも閉まっているし誰も申告していないのでスルー。さすがにこれでウラジオストク出るときに没収されたら嫌がらせとしか思えない。時間も遅いのであらかじめ手配しておいた送迎を使って、モスクワ郊外にあるイルビスホテルへ。モスクワもとんでもなく交通量が多く、5車線道路まであった。ついでにとんでもなくマナーが悪く、危うく事故りそうになりながらもなんとか到着。運ちゃんと握手をしてチェックイン。ホテル内のバーにてネットが使えたので、明日の観光情報など仕入れておく。値段は一時間で100ルーブルなり。

2007.8.27 ライプツィヒ〜ゲルツシュタール橋〜ベルリン

ゲルツシュタール橋へ

 CNLはほぼ定刻通りにライプツィヒ中央駅Leipzig Hbfに到着したので、まだ7時前だが駅構内を見て回る。さすがにドイツの駅である、地下3階に渡って、広大なショッピングモールが整備されている。食料品・雑貨・服・飲食店、たいていのものは揃うんじゃないだろうか。ドイツ流の便利さというのは非常によく考えられている。おそらくこれだけでなく、公共交通を整備して、駅に人が集まりやすい仕組みも作られているはずだ。駅前の商店街がことごとく衰退している日本の都市を見慣れている目にはうらやましい限り。明日のワルシャワWarszawa行きEC「ベルリン・ワルシャワエクスプレス」の予約をし、コインロッカーに荷物を預けて、さらに営業していたカフェで朝食にした後、ゲルツシュタール橋に向けて出発。

 最寄り駅のネッツカウNetzshkau駅にはどうもREは止まらないらしいので、とりあえずREでツヴィッカウZwickauまで行く。旧東ドイツ領ということでどうなんだろうと思っていたのだが、さすがにDB、最新式の流線型気動車を導入してサービス向上を図っている。床の高さが高い部分(客室)と低い部分(入り口・自転車置き場など)に分かれているのだが、高い部分に関してはほとんどディーゼルの音もせず、振動もないので気動車とはわからないほどだ。座席もさすがにリクライニングはしないものの、セミクロスタイプで各車両に新聞まで備え付けてある。REは2〜3時間走ることが珍しくないのだが、これほどの居住性なら十分快適に過ごせる。そういえば日本出発と前後して、小海線にハイブリッド気動車がデビューしたらしいが、そちらはどうであろうか。

 1時間半ほどを結構なスピードで飛ばし、Zwickau駅に到着。ホームは長いが乗降客の少ない、いかにもドイツの田舎といった駅だが、後で戻ってきて駅舎周辺を見て回ったところ、結構な本数のバスが連絡していて、なんか変だなと思った印象がある。もしかしたら駅間が長いので、それをバスが補完しているのかもしれないが。

 ライプツィヒのDB自動券売機でプリントしておいた時刻表によると、ZwickauからはVOBなる私鉄に連絡するらしい。何が来るのかと思っていたら、色は違うが、またも流線型の新型気動車が現れた。あまり情報はないが、いったいこのVOBという私鉄、何者なのだろうか。車内には券売機もあり、いちおう隣までだが切符を買ってみた。

 Netzshkauに近づくと、それらしい橋を渡った。ランドヴァッサー橋ほどではないにしろ、結構な高さだ(実際には最大78mでランドヴァッサーは65mなのだが感覚的に)。駅で降りると、いかにもドイツの田舎という街並みが広がっていた。小さな店が何軒かと、あとは住宅地という感じだ。橋まではそんなに遠くなさそうなので歩いてそれらしき方向に向かうことにする。

 迷って農園に迷い込んだりもしたのだが、なんとか橋を見渡せるポイントを発見し、しばらく撮影することにする。Zwickauで発車準備をしていた重連貨物には間に合わなかったが、そこそこ種類の違う列車が来たので、それなりに楽しめた。


白昼夢

 が、撮影を終わって戻る途中に、何の前触れもなく、3シリンダー、黒い車体に赤い動輪の大型蒸機が現れた。そして馬の走るような独特のリズムを刻みながら瞬時に去っていった。ああ、あと一時間粘っていれば…と激しく後悔。

 駅にはカメラを持った老夫婦がいたので、どうやって蒸機の情報を手に入れたのか聞いてみた。どうやらゲルツッシュタール橋についてのサイトがあるらしく、そこを通過する列車という視点から情報を集めたようだ。「Dampflok(ドイツ語で蒸機)」で検索してもなかなか情報が得られなかった(語学力がしょぼいというのが主因だろうが)が、非常に参考になった。


とんでもなく高かったインターシティーホテル

 Zwickauに戻ると、またも重連貨物が発車を待っていた。二度と同じ失敗はしたくないので、駅の近くで撮ることにした。幸いにもすぐに発車。なんとか撮ることができた。非電化・重連の貨物はなかなか珍しいのではないかと思う。その後はライプツィヒでICE-Tに乗り継ぎ、ベルリンに到着。120ユーロもしたが、明日の列車の関係上仕方なしにインターシティーホテルに泊まることにした。

2007.8.26 ランドヴァッサー橋Landwasser ViaduktとCity Night Line

念願のランドヴァッサー橋へ

 ユースで朝食をとり(朝食も豪華だった、さすがスイスだ)、バスにてダボス・プラッツDavos Platz駅へ移動。駅では、夏期に運行されるサンモリッツSt.Moritz行き「氷河急行Glacier Express」が発車準備をしていた。これから行く撮影地も通るはずだ。8:32発の普通列車でフィリズールFilisurへ。30分弱で駅に近づくと、今回の旅のシベリア鉄道に次ぐ目的である、ランドヴァッサー橋Landwasser Viaduktが姿を見せ始めた。さすがに世界一優美な橋と言われるだけあって、密林と峡谷のなかでとても目立つ。

 フィリズールにはコインロッカーはなかったが、小さなカフェがあったので、頼んで荷物を置かせてもらう。それから午後まで5時間近く、峡谷を上り下りしながらまさに絶景というランドヴァッサー橋と列車の撮影を楽しんだ。とはいえ、非常に高低差が激しく、かなり疲れもしたのだが。橋のたもとには小さな川が流れており、ちょっと入ってみたのだがあまりの冷たさに驚いた。また、付近はどうやらちょっとしたレジャースポットになっているらしく、子供たちの集団がたき火をしたりして楽しんでいた。その後逆に、橋を上から見下ろす展望台にも行ったのだが、あまりの高さに目がくらんだ。

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(左)忽然と現れる橋
(右)見上げるとこんな感じ


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(左)橋の根本に立ってみる
(右)その場所を上から見下ろす。怖い

 自分にしては珍しく快晴にも恵まれ、十分成果をあげることができたので、荷物を預けたお礼も兼ねて駅のカフェで昼食にし、14:02の列車でフィリズールを後にする。もちろんランドヴァッサー橋を渡る列車を選んだ。やはり目もくらむような高さだった。

 なんで人はこんなところに鉄道を通そうと考えたんだろう。スイス人は偉大だ。


シティナイトラインに乗ってみる

 チュールChur経由でチューリヒZurichに戻り、かねがね乗ってみたいと思っていたドレスデンDresden行きの夜行列車、City Night Line(CNL)のクシェットを予約。明後日の列車の時間が早いので、明日はベルリンに泊まらなければならないのだが、午前中にドイツ・ライプツィヒLeipzigから一時間半ほどのところにあるゲルツッュタール橋の撮影に行けそうなので、行ってみることにする。CNLを使えばライプツィヒに7時前に着けるので、時間を有効活用できそうだ。

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過密気味のチューリヒLRT

 チューリヒ駅構内で買ったソーセージを買って乗り込むと、CNL「センパーSemper」は、定刻通りチューリヒZurichを発車した。バー&レストランカーをちょっと見学し(暗いがなかなかセンスのいい車両だった)、さらに座席車を見学し(シートピッチも広いし東名の夜行バスより快適かもしれない)、自分のクシェットへ。1部屋4人用で十分な広さ。快適に寝られそうだ。

 実はこの後、途中停車駅で一度ホームに降りて、また乗ろうとしたら無賃乗車に間違われかけて車掌と押し問答をしたという(自分の客の顔ぐらい覚えてほしいものだが)ちょっとしたトラブルもあったのだが、収穫の多い一日ではあった。

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(左)沈むのが遅い夕日に輝くCNL
(右)大胆なロゴ。でかい。

2007.8.25 ミラノ〜ローザンヌ〜ダボス

偽チザルピーノでスイスへ

 ミラノを8:25発のEC「チザルピーノ」で出発。予約したときにはてっきりETR470だと思ったのだが、パンフレットをもらってよく見てみると実はただのEC列車で、名前だけ一緒なのだった。ヨーロッパにしては珍しいこの混同。せっかくなら食堂車付きのETR470でスイス入りしたかったのだがまぁしかたない。ETR470で設定されている本数自体もずいぶん少なく、もしかしたらあまり人気がないのかもしれないと思ったのだが、乗ってみてそんなことはないと知る。6人掛けのコンパートメントはミラノ発車時でほぼ埋まり、入れ替わり立ち替わりしながらも、常に埋まっている状態。一等車は他の列車同様空いていたが。これならもっと設備もよく、スピードも速いETRを増備すればいいのになぁと思う。

 ミラノ・スイス国境のトンネルを越えてスイス、ブリークBrigに到着すると、もうそこはもの凄い青空と雪に覆われた山々がそびえる、まさにスイスといった感じの風景が広がっていた。ブリークでベルン方面行きの路線と、自分の向かうローザンヌ方面行きの路線に分かれるのだが、ベルン方面行きの路線は、遙か彼方の山肌をへばりつくようにして登っていくのが見える。実はこの区間、有名な撮影地でもあるらしいのだが、今回はスイス東部のレーティッシュ鉄道フィリズールFilisurにあるランドヴァッサー橋という橋を撮影するのを最優先に置いているのでパス。次回スイスを訪れるときにはぜひ行ってみたい撮影地だ。


レマン湖とローザンヌ

 ミラノを発車してから4時間あまりで、列車は定刻にスイス西部のローザンヌLausannneに着いた。天気は快晴で、レマン湖と湖を囲む山々、対岸のフランスの街並みがよく見える。スイスの列車は非常に正確だという話を聞いているので、ぎりぎりのプランを組むことにする。ICは予約もできるので窓口で予約しておこうとしたら、「混んでないから予約しなくても大丈夫よ」と言われる。それを信じてレマン湖のほとりで撮影を。

 リバーツRivazという駅で降りると、駅の目の前がビーチと桟橋になっていて、水着姿の人たちがエンジョイしていた。桟橋でしばし撮影した後、ビーチに降りてみる。日本では砂浜が当たり前なのだが、ここは石がごろごろ転がるビーチで、とても裸足で歩けたものじゃない。よくこんなところでバカンスを楽しめるものだと思う。サンダルのままレマン湖につかってしばし休憩。

 意外と電車の本数はあるので(さすがスイスだ)、ちょっと移動してみたが、あまり収穫もなしにローザンヌへ戻る。途中モントルーMontruexでは、ここから出る観光列車に乗る日本人の団体を見かけたりもした。実は湖の方ばかり見ていて見逃したのだが、山側にはブドウ畑がたくさんあり、それを絡めてもよかったなぁと後悔。まぁ、前述したとおり、今日はランドヴァッサー橋近くのダボスDavosという街まで行って泊まることにしていたので、それを優先して早めにローザンヌを出る。


さすがにスイスの鉄道はすばらしい

 ローザンヌからのチューリヒZurich行きICは、オール2階建ての編成。ちゃんとレストランも付いており、なかなか素晴らしい車両だった。グループ旅行を考慮したミニサロン(よくファミレスにあるやつだ)など、座席のバリエーションも付いていておもしろい。時間が中途半端なのでレストランには行けなかったが、この分ならかなり期待できそうである。唯一残念なのはコンセントが見あたらないところか。2時間ほどでベルンを経由し、終点のチューリヒZurichに到着。乗り継ぎも考慮されているダイヤのおかげで、7分の接続時間にもかかわらず、隣のホームで待っていたチュールChur方面行きのICに楽に乗り継ぐことができた。

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(左)2階建てICの食堂車&ビストロ車
(右)レマン湖とブドウ畑。対岸はフランス領

 それにしてもスイスは、少ない平野部においては結構な人口密度で、駅の間隔も短い。ランドクォートLandqurtまでの一時間ほど、街並みがとぎれることが少なかった。湖沿いを走る区間が多かったが、どこのビーチにも湖の家(?)らしき建物があって、短い夏をエンジョイできるようになっている。わざわざ砂を入れて作ったのだろう、ビーチバレーのコートも何度かみかけたが、残念ながらICの止まる駅の周辺にはなかった。あったら遊びに行ってもよかった。


登山電車でダボスへ

 ランドクォートLandqurtでレーティッシュ鉄道に乗り換え、ダボスの街を目指すことにする。これがまた正真正銘の登山電車といったところで、短い客車に強力な電機という構成でどんどん急勾配を登っていく。Ωループなどで一気に高度を稼ぎ、わずか1時間で標高1540mのダボス・ドルフDavos Dorf駅まで駆け上がった。ここからはバスと徒歩でユースホステルを目指すのだが、イタリアと違って地図が随所にあり、非常に行動しやすい。日本で見たダボス市(町?)のホームページも非常に凝っていて、観光に対する姿勢が熱心なことが伺える。

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ランドクォートに停車中のレーティッシュ鉄道ダボス行き列車

 ユースホステルも非常に設備が整っていて快適で(しかし無線LANだけはなかったのだが)、同室の人たちと情報交換。自分とは逆にこれからイタリアに行くという人もいたので、スイスとは段違いの治安の悪さをアドバイスしておいた。ユースホステルは高台にあって時間も遅く、街まで降りるのもめんどくさいのでシャワーだけ浴びて寝ることにする。

2007.8.24 最後の晩餐

当日券で「最後の晩餐」を見学

 8時過ぎに起床、ユースで朝食を食べてから市内の観光に向かう。どうせ曇りだったし、晴れたらまた撮影に行けばいいのだから。とりあえず中心部にある「サンタマリア・デレ・グラッツィエ教会」(サンタマリア万歳教会?)に、ダヴィンチの「最後の晩餐」を見学しに行ってみる。15分に25人ずつしか入れないということで、予約が必要とのことだったが、受付で聞いてみるとあっさり見学OKとのこと。これはラッキー。が、あやうくお釣りをごまかされそうになったのでキレておく。さすがにヨーロッパ南部、油断ならない。見学料金は6.5ユーロ。日本で予約していくとやたらボラれるらしいので、その点でもラッキーだった。

 時間が来たので食堂の内部に入ると、おそらく退色を復元したのであろう「最後の晩餐」がそこにはあった。離れてみると、食堂を広く見せる効果もあるのだとわかる。

 キリスト「汝らのうちの一人、我を裏切らん」
 弟子ども「エエエエ!!」

 という一瞬を描いた名作だが、第二次大戦の際、間一髪で破壊を免れたらしく、絵のすぐ上は崩れた壁を補修した跡がくっきりと残っている。15分で客が入れ替わり、見学終了となった。隣の部屋ではいろいろ土産を売っていたのでいくつか買っておく。

 この後は中心部に出て、所用があったので探索も兼ねて観光した。ジーンズが破けまくってきたので、ミラノで一着買っておこうかと思ったのだが、手頃な店が見つからず、断念。

最後の晩餐(wikipedia)

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サンタマリア・デ・レ・グラッツィエ教会とトラム

ETR470"Cisalpino"を追う

 夕方からは晴れてきたので、ぜひ撮りたいと思っていたETR470「チザルピーノCisalpino」の撮影に向かう。ミラノとスイスを結ぶチザルピーノだが、やはりミラノ北部ともなると山が多く、なかなか適当な撮影地が見つからない。結局ミラノ近郊のCarimate駅で、無理矢理流し撮りを決行して終了となった。帰りにそこよりはましな撮影地を発見したのだが、後の祭り。


ケチャップ強盗被害

 ユースに帰って、前日にもお会いした日本人旅行者の方に衝撃的な話を聞く。今朝、連れの方がかの有名な「ケチャップ強盗(わざとケチャップを服に付け、ごたごたしてる間にスる」にやられかけ、さらに広場で何人もの少年少女に囲まれかけたというのだ。まさかユース内でスリ団が活動しているとは…自分が危ない目に遭っていないのであまり実感がなかったが、やはり油断ならない。

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(左)ミラノ地下鉄。謎の霧が噴射されていた。
(右)列車案内表示には30秒単位で表示

2007.8.23 ローマ〜ミラノ

バチカン市国を30分

 起きるとOrteという駅に停車中だった。調べてみるとローマにずいぶん近づいている。9:40ごろ、少し遅れてローマ・テルミニ駅に到着。ETR(イタリアの新幹線)の各種がだいたいそろっている。構内を一回りしてみるが、駅舎自体はきれいなのだが、やたらゴミゴミした印象を受ける。列車はだいたい落書きされ放題だし。スリ・ひったくりなど治安の悪さで悪名高い駅なのでそう見えるだけかもしれないが。天気次第で撮影の場所を決めようと思っていたので、とりあえず読めもしない新聞をキオスクで買ってお天気チェック。ローマなど南部は曇り、フィレンツェなど中部は雨、そしてミラノなど北部は晴れとなっている。よし、着いたばかりだが移動決定。窓口でETRのミラノ行き指定券を買う。発車は12:30、しばらく時間があるのでちょっとだけ観光することにする。ガイドブックで調べてみると、コロッセオが近そうだ。あとはもう一つ、バチカン市国wwまぁどっちでもよかったのだが、気分でバチカン市国に決定。地下鉄で行ってみることにする。

 どうもヨーロッパの地下鉄は駅構内が薄暗く、それが治安の悪さを呼んでいるような気がするのだが、ローマも例外でなく、薄暗い。ただ、来た車両は新型で明るく、落書きも少なかった。10分ほど乗ってバチカン市国の最寄り駅に到着。歩いてキリスト教の本拠地、サン・ピエトロ大聖堂前の広場に向かう。凄い人の数だが、広場も広いのでなんとかなっている感じだ。サン・ピエトロ大聖堂はさすがに荘厳といった様子で、キリスト教の本拠地という面目を十分保っている。それほど時間もないので、内部は見ずに土産物屋でいろいろくだらない土産を買う。ついでに通りの店でジェラートを買ってテルミニ駅にとんぼ返り。

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バチカン市国

ETR500に乗車

 ホームに行くとすでに列車は入線していた。最新型のETR500だ、やった。席に行ってみると向かい合わせの4人席で、自分が座って4席とも埋まった。3人は同じグループらしく、アラブ系の男性1人と女性2人の3人組。よくわからない言葉を話していた。定刻通りに発車したETRはフィレンツェFirenzeまではディレディッシマ(高速新線)を走行する。250q/h程度は出ていると思われる。さすがに最新型、揺れも少ない。あっという間にフィレンツェに到着した。

 フィレンツェからは在来線を走行するが、それでも160km/hほどと思われる速度でずっと走っていく。この車両は食堂車が付いているとのことだったので試しに行ってみることにする。バーとレストランが一体になった、ICEでおなじみの形態。レストランに着くと、早速パスタを皿に盛ってくれた。コースもあるし、単品で頼むこともできる。マナーもよくわからんので、コースにすることにする。メニューは写真を見ていただきたいが、なかなかボリュームもあるし、どれも美味しかった。さすがイタリア。

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(左)席に着くとコースのパスタを盛ってくれた
(中)デザート付きで28ユーロ(4000円前後)
(右)半分は食堂車、そして半分はバー。乗車時間が長いためか、けっこうにぎわっている

 席に戻り、コンセントがあるのでPCと携帯を充電している間に、ボローニャを過ぎ、ミラノに近づいていた。フィレンツェ近辺は完全に雨だったが、ここに来てからりと晴れた。読めないイタリア語の天気予報は当たったらしい。撮影地を物色しつつ、定刻より15分ほど遅れてミラノ中央駅に到着。荷物を預け、キオスクで近郊区間の時刻表を発見したので買い、当たりをつけておいた撮影地へ向かう。

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ミラノ中央駅に到着

ミラノ近郊で撮影

 ミラノからボローニャ方面へ、20kmほど離れたTavazzano付近で、6時半頃から8時過ぎまで撮影。とりあえずETR500を始め、優等列車も何本か撮れたのでよしとしよう。さすがにかつてあったらしい「鉄道写真禁止法」はなくなったか、特に逮捕されることもなく無事に終了。が、このあとユースホステルまでたどりつくのが大変だった。メトロで迷い、駅を出てから迷い、親切な警官に助けてもらった末、結局12時近くなってからユースに到着。日本人の旅行者の方がいて、久々に日本語で会話をする。家族連れで来ていらっしゃるようで、「最後の晩餐」など見学して行かれるようだ。ちょっと見てみたいのだが、さて、どうなるか…

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Lodi駅にて、ミラノ行き普通列車

2007年08月28日

2007.8.22 アンテオールAnthéor

どうも最低クラスの小駅らしい

 翌朝起きると、まだ暗い中に港町の灯りを発見。時間的にはおそらくマルセイユなんだろうと思う。時刻表では停車しないことになっていた。明るくなり始め、目的地であるSt.Raphaelに到着。が、それは実は自動車用のAuto駅で、車掌に止められ再び飛び乗る。時間的には到着しているはずだが、遅れているようだ。数分たつと、今度こそSt.Raphael Vaelsc(サン・ラファエル)に到着。この先、カンヌCannnes、ニースNiceと主要駅があるが、St.Raphael〜Cannnes間にあるアンテオールAnthéor Cap Roux駅が目的地。駅近くにレンガのアーチ橋があるという話だ。

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"Le Tran Blue"と車掌さん(St.Raphael)

 が、ローカル列車に乗ってみたところ、あっさり通過…どうも止まる列車の本数自体が少ないらしい。アーチ橋は一瞬で通過した。今夜の夜行列車「モンテカルロ」はニースから出るので、とりあえず荷物を預ける&情報収集にニースへ行くことにした。

 ニースNice Villeに着くと、バカンスに来たヨーロッパ人たちで駅は大混雑。荷物を預けようと思ったが、荷物置き場が開いていない。しょうがないので持って行くことに。一応バックパックにもなるタイプなのだが、どうなることやら。構内でサンドイッチを買って、快速でサン・ラファエルまで戻り、さらに各駅停車で折り返してようやくアンテオールに到着。


アンテオールにて撮影

 着いたはいいが、天気はドン雲り。遠くの空は明るいが、晴れ間が来るのかどうかよくわからない。しかも橋を俯瞰できる地点まで行けると思われる道は、とんでもない数の石段。さすがにめんどくさいので、バッグを引きつつ迂回して高度を稼ぐ。なんとか、橋を俯瞰できるポイントに到着。橋の背後に地中海と岩山が控える絶景ポイントだ。

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(左)駅からひたすら登った別荘地より
(右)アンテオール駅前の坂より

 この地方、コート・ダジュールとは「紺碧海岸」という意味だそうだが、ドン曇りではただの海。まぁ、それでも景色がいいので3時間ほど粘り撮影する。列車はシーズンと言うこともあってか結構来るし、TGV、TGV-Duplex(二階建て)、Corail Teoz(カラフルな機関車牽引の特急)などバリエーションも豊富。普通列車にしても機関車牽引、機関車が押す、電車、さらに形式の違いもあるので飽きない。付近を移動しつつなんとか写真にバリエーションをつけようと必死に。

 晴れていれば順光になる夕方までいる予定だったのだが、晴れ間がとんと見えない上に雨まで降ってきたので、早めに撤収することにした。15:45の普通列車で一時間半ほどかけニースまで戻る。EN(ユーロナイト、国際寝台列車)「モンテカルロ」は21:07の発車なので、ニース市内をちょっと観光し、カフェでお茶することにした。ウェイターの方が映画のようにかっこよかった。ここまで、ユースの宿代と列車の予約手数料と、駅構内の売店・自販機にしか金を使っていない気がするので、たまにはいいだろう。カプチーノとサンドイッチで2時間ほどつぶして駅に向かう。


フランスと相性の悪いパソコン

 駅の待合室で無線LANが使えるだろうと思い、あとはネットで時間をつぶして待つつもりだったのだが、どうもうまく繋がらない。駅構内のネットワークはA社なのだが、このプロバイダーのアカウントは買えず、B社のアカウントをクレジットカードで買ったのだが、このIDとパスワードを入れてもなぜか接続できない。意味不明。ただ、去年もフランス国内でのネット接続がスムーズにできた試しがないので、なにか相性でもあるのかもしれない。天気なんかを知る上でも、ネットにつなげるかどうかは結構死活問題なのだが。


ユーロナイト「モンテカルロ」乗車

 発車時間が近づいたのでホームへ向かうと、「モンテカルロ」はすでに入線していた。「TRANITALIA」のロゴも鮮やかなイタリアの客車だ。内装もかなり新しい。クシェットで35ユーロと、比較的高い部類に入るのだろうが、2段ベットで清潔感もあり、広いのでかなり満足。同室になったのはローマまで行くフランス人らしきの女の子と、モナコ・モンテカルロから乗ってきたおっさん二人組。おっさんたちのほうが英語が通じたのが意外。女の子もひたすら本読んでいて勉強熱心だったのだが。やっぱりフランスでの英語はあてにならない。

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ユーロナイト「モンテカルロ」

2007.8.21 パリ〜ニース

TGV北ヨーロッパ線を狙う

 ユースは朝食付きなので、ガッツリ食べてから一度Gare de Austerlitz(パリ・オーステルリッツ駅)に向かい荷物を預ける。今夜の夜行列車はこの駅から出るので、先に預けておこうと思ったのだが、PERが工事中だかストライキだかで途中までしか運転しておらず、代行バスで連絡。やたら時間がかかった。今日はヨーロッパの東海道新幹線(勝手に命名)ことTGV北ヨーロッパ線を撮ろうと思っていたので、TGV初乗車ついでにリールLilleまで行ってみることにした。一時間でいけるらしい。Gare de Nord12:55発のTGVでLille Frendersへ。が、曇り。しかも意外と栄えていて、写真を撮る余地がない。一気にやる気喪失したので、とっととパリに戻ることにする。往復ともTGVを使って、無駄にユーレイルパスを有効活用したことになる。座席指定料3ユーロはとられるが。

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最近ではTGVにも使われている元ユーロスター車両(パリ北駅)

 パリ周辺でPERをうろつきながら北ヨーロッパ線と併走する区間を探し当て、パリ郊外のSann Denis(サン・ドニ)駅にて18:00ごろから19:30ごろまで撮影。メール打っているうちにタリスが通過し、撮り逃す。ようやく晴れ始めたので1/640での撮影が可能になったが、在来線区間とはいえかなり速いので、止まっているかどうかかなり不安。最後はカメラを振りつつがんばってみた。


名列車?"Le Tran Blue"に乗る

 ガイドブックで紹介されていたスープの店で夕食にしようと思い行ってみたら、8月いっぱいバカンスで休みだった。さすがフランス、働く気がない。日本もこれくらい休み取れたらいいのに。しょうがないのでGare de Austerlitzそばのマックで夕食。しょぼい。店員は若い人なのに英語が通じなかった。去年会った大学生カップルは例外なのか。

 21時になったので荷物を受け取り、ホームへ。発車案内を見て今日の列車が"Le Tran Blue"だということを知る。パリのどっかの駅に同名のレストランもある老舗列車だが、今はずいぶんと落ちぶれたという話は聞いている。確かにこの列車、食堂車はもちろん、シャワーなど付いている部屋すら見かけなかった。自分が乗ったのも日本で言えばA寝台クラスの部屋のはずなのだが、洗面台とハンガーがついているくらいでたいした設備はなかった。朝になると洗面台はくさいし、充電も電流が安定せずまともにできないし。とても老舗列車とは思えなかった。ま、日本で言えば末期の「さくら」みたいなものだろう。こっちにはロビーカーすらなかったが。2人部屋のはずだが、結局一人で使うことになった。

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